六章      日本人は刃文に森羅万象を描いた

 

 日本刀に刃文があることは、日本人なら知っているが、どうしてできるのかは意外と知られてない。前3章の作刀の項で述べたが、繰り返す。

「焼き入れ」の前の工程で小槌で棟、鎬(しのぎ)切先づくりをした。次に泥、木炭の灰、砥石の粉を水に溶いて焼刃土を塗る。まず全体に薄く塗った後、棟には厚く、硬くする刃先には薄く塗る。

 

遠い祖先は、焼き入れの前に焼刃土を塗ることで地鉄(ぢがね)の硬さの按配が決まることを体験的に知った。厚く塗ると軟らかく、薄く塗ると硬くなる。棟の方には厚く、刃先には薄く塗る。これが刃文をつくる「土置き」で「焼き入れ」の結果、現れるのである。

 

焼き入れをし、光に透かして見ると、地は黒ずんでいるが、刃は白みを帯びて見える。地と刃の境界線が明るく浮き上がって見える。この境界の模様が刃文。では、いろんな刃文を作ってみようということになった。鎌倉時代初期には、すでにある地方の刀工たちは刃文を意図的に作っていたが、普及し一般化したのは元寇の役以降とされる。

線状の切り込みを入れたり、土の厚さを部分的に変えた。刀工の流派で異なったし、鎌倉以降、各時代のさむらいの好みにもよった。

 

西洋の剣も日本式の磨き、「研磨」をすると刃文が出る。しかし、これは西洋の剣の地鉄には不純物が多いことからだ。つまり、アマルガ(混合物)が刃文のような形になるのであって偶然の所産である、武器である剣に模様を入れようと意図したのではない。日本人のオリジナリティであるから刃文があるのは日本刀だけと云ってよい。

 

 刃文の種類は「直刃(すぐは)」「湾れ(のたれ)」「互(ぐ)の目」の基本形がある。これに「小乱れ」「丁子(ちょうじ)」を加えた五種類が主な刃文といえる。これらにはあらゆる変形がある。刀工の手から離れた火と水をくぐる自然力によるものだ。その趣をも楽しんだ。

 後年、意図的に図案化したものが作られた。富士の山に形どったもの、菊、桜、三本杉、竹の葉などだ。

 

 この文中に図柄を入れることはできないので、刀剣の初歩的読本を見ていただくことにして、主な刃文を簡単に述べておこう。

 「直刃」は字のごとく真っ直ぐに一直線に伸びた刃文である。「小乱れ」は、直刃の一直線に多少、揺れというかギザギザが出ているもの。「湾れ」は穏やかな波打つ形、また穏やかな丸みのある山並みといえる。「互の目」は「湾れ」のひと山の間隔に三つぐらいの小さな山並が連なった感じであり、小波が波打つような形。豆を並べたような形ともいえる。

「丁子」は丁子の花に似ていることから名がつけられた。頭が丸く下にすぼまる形が並んだような形。「丁子乱れ」とも呼ばれるのは多種多様な形があるからだ。

 

 我ら祖先は、“人殺し”の武器にも紋様をあしらった。天と地の間に住む人間として自然界への畏敬の念を持って森羅万象を剣に描いたのだ。剣は、いままで地上に現れた数多の民族に共通する文明の器具であった。しかし、刃文をつけたのは日本民族だけであった。日本は、やはり「一国一文明」であるといわざるを得ない。